おおたとしまさ氏の著書『勇者たちの中学受験 わが子が本気になったとき、私の目が覚めたとき』のレビューを、元・大手集団塾講師、現・家庭教師の視点から書いてみたいと思います。
今回は、「エピソード3:コズエ」編についてです。
(※ 過去記事はこちら。「エピソード1:アユタ」、「エピソード2:ハヤト」)
エピソード3:コズエ編
一言でいえば、幸せな受験だ・・・という印象です(笑)。
エピソード1、エピソード2、エピソード3が共通して教えてくれるのは、「親がどっしり構えられたかどうかで、子どもの好不調は決まる」という点です。親が不安になりすぎて、子どものことを信じられなくなった途端、アユタ・ハヤト・コズエ共に、成績的に失速し、笑わなくなったり、やたらゲームをしたり、無闇に氷を食べたりと、メンタル面の不調が出ています。
三者の中でも、最もコズエが幸せな受験(家庭内が明るく、本人が前向きに受験に挑んだ)となったのは、塾の先生がご家庭の不安を取り除いたのが大きいと感じます。
自分が大手塾にいたときを振り返ると、一般的な塾の面談というと、「成績を伸ばすには、〇〇のテキストをやりましょう」といった対症療法的な話や、「偏差値△△ですから、××中学は抑えになりますね」みたいな数値の話が中心になるように思います。
コズエの塾の先生は、受験生がどういう性格なのか、家庭でこれまで何があったのか、といったことも踏まえたうえで、面談をしています。
具体的にどんな勉強をやらせていくかということも、プロなら示して当然ですが、同時に本人や親御様を理解し、心を配ることが、ご家庭の安心につながるんですね。
それもあって、最後までコズエ一家は、塾の先生を信頼していました。エピソード2の悟妃・ハヤト親子が「塾に連絡したくない」と、一番苦しい時期に塾と距離を置いたのとは対照的です。
「ハヤトの先生は、罵倒はしていないのではないか? 先生の叱咤激励をハヤトが曲解したのではないか?」という説がありますが、発言が曲解されてしまうということは、結局は、普段から講師が生徒と向き合えていなかったんだと思います。
間違いなく、ハヤトの父親が、以前から度々家庭内で取り乱しており、ハヤトの心を大きく傷つけてきた、ということも知らないはずです。
コズエのエピソードを読むと、「個人の先生がやっている塾、ええやん!」と思ってしまうのですが、個人塾の良しあしは、素人の方が見極めるのは非常に難しいです。大手塾と違って、質にバラつきがありすぎるからです。
コズエが通った塾のように、生徒や保護者一人ひとりと向き合い、成長の鍵を提供してくれるような職人的な塾もあれば、云十年前で受験知識が止まっていたり、そもそも社会人としての常識に著しく欠けていたりする塾も見かけます。コズエのお姉さんが通っていたのも、結構びっくりするような塾でしたよね。
コズエ一家は、お姉さんが塾選びに失敗している分、かなり選球眼が鍛えられているはずです。そうではないご家庭が、良い個人塾を見極めるのは厳しいだろうな、というのが私見です。
まとめ:失敗談ほど学びは多い
中学受験の本は、「こうすれば上手くいくよ!」というようなノウハウ本とか、華々しい成功談のようなものがほとんどです。ですが、物事には何事にも陰陽があります。
本当は失敗談から何かを学びとることも大切ですし、「こういう事態が、自分たちの身にも起きるかも?」と想定することも大事だと思います。そういう意味では、中学受験のご家庭にとって、『勇者たちの中学受験』は学ぶことの多い貴重な本だ、と考えます。
この本以外で「批判的観点」から中学受験が描かれているのは、瀬川松子氏の『中学受験の失敗学 志望校全滅には理由がある』。ユニクロやamazonへの潜入取材で有名な、横田増生氏の『中学受験』くらいしか無いように思います。(他にもあったら、ぜひ教えてください!)
ですが、瀬川氏の本は2008年発行なので、今の中学受験のメインストリームとは少しズレを感じるし、横田氏の本は、岩波新書ということもあり、中受を全く知らない読者が、「中学受験とは何か?」という教養を身に着けるための本という印象が強いです。
「失敗談ならTwitterにいっぱい載っているじゃないですか」という意見もあるかもしれませんが、たった140字で複雑な状況を全て載せることはできないので。また、SNSは往々にして都合のいいことが書かれがちですから、そこまで参考にはならないと思っています。(※ 過去に書いた、中学受験におけるSNS利用に関する記事はこちら)
そういう意味でも、もっとこういうプロの文筆家が書いた書籍が出ればいいな、と思うわけです。
巻末の「解説」や、『東洋経済ONLINE』での高瀬志帆氏、朝比奈あすか氏との対談記事を見る限り、おおた氏の思想と私の思想はかみ合わない部分があるんですけれど。それは置いといて、中学受験の「陰」までしっかり書いて、読み手が色々考えさせられる、という意味では良い本だと感じました。
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