おおたとしまさ氏の著書『勇者たちの中学受験 わが子が本気になったとき、私の目が覚めたとき』のレビューを、元・大手集団塾講師、現・家庭教師の視点から書いてみたいと思います。
今回は、ネットでも話題の「エピソード2:ハヤト」編についてです。
(※ 関連記事はこちら。 「エピソード1:アユタ」 / 「エピソード3:コズエ」)
エピソード2:ハヤト編
このエピソードは、「早稲田アカデミーが、『灘ツアー』と称して、首都圏の成績優秀者を無料で関西まで連れていき、灘中を受験させている」、「開成の入試前日の1/31に、早稲アカの講師が子どもを罵倒した」、「三冠(灘、開成、筑駒3校の合格)が期待されるポテンシャルの持ち主が、3校すべて不合格になった」というショッキングな内容が書かれており、ネット上で物議を醸しています。
いわゆる暴露記事的な内容なので、ワイドショーを見るような感じで騒ぎたくなるのは、世の常だとは感じます。その一方で、受験生の保護者として、このエピソードをどうとらえるか? という観点から考えると、もう少し違った感想が持てるのではないでしょうか。
「灘ツアー」について
まず、「灘ツアー」についてです。これに関して、著者のおおたとしまさ氏は「搾取構造」として捉えているようです。(※ 東洋経済ONLINE『中学受験の「弱肉強食」子供巻き込むいびつな構造』)「搾取」とは、[企業が下っ端に超低賃金で重労働させて、幹部はほとんど何もせずに超高級取りになっている]、といった文脈で使う言葉です。
しかし、今回のケースの場合、成績下位者は塾できちんとサービスを受けています。成績上位者から下位者が受ける不利益って何かあるんだろうか? と疑問に思います。
昔から大学受験の大手予備校では、成績優秀者の授業費を免除(減免)する「スカラシップ」制度があります。灘ツアーもそれと同じような制度である、というのが私個人の捉え方です。
ですが、スカラシップは予備校が公にしているのに対して、灘ツアーは早稲アカが公表していない。だから、確かに「なんとなく気分が悪い」という気持ちは理解できます。
また、「通いもしない学校を受ける行為は、それを塾が推進しているのはどうなのか?」という意見も、わからなくはありません。(個人的には、どうせ辞退するから繰り上がりはでるわけで、本命受験生の子も、気にせず、自分のやれることをがんばればいいとは思いますけどね)
保護者様がこれらの事実にモヤモヤを感じるのであれば、早稲アカに子どもを通塾させないのが「無難」といえるでしょう。
入試前日に、早稲アカの講師が生徒に暴言
次に、「開成の入試前日の1/31に、塾の先生がハヤトを罵倒した」という件について。このエピソードの肝は、「ママは僕の気持ちではなく、特別扱いしてくれるあの先生を選んだんでしょ」というハヤト(息子)の発言にあると思います。
講師の言動に着目しがちですが、要するに、悟妃(母親)が子どもと向き合えていなかったことが、そもそもの問題を引き起こしています。
エピソード1では、最後の最後で父親である大希が「自分は親として未熟だった」と気づくシーンがあるのですが、それと同様に、親として大切なことを見過ごすことの危険性を伝えてくれる、いいクライマックスでした。
また、こう言ってしまうとなんですが、変わった先生は一定数います。どれだけネットで騒いでも、いなくなりはしません。ですから、このエピソードから学べる教訓は、中学受験をするのであれば、親が賢くなって、しっかりと塾とコミュニケーションを取って、先生を見極めることが大事、ということになります。
ちなみに、ネット上では、ハヤトを罵倒した講師を庇う意見(=講師は叱咤激励しただけで、ハヤトの受け取り方が歪んでいるのではないか)も見ます。
ですが、その講師の発言にどういう意図があったにせよ、本命受験の前日に、生徒から「罵倒された」という受け取り方をされた時点で、講師としては負けだし、導き手としての役目が果たせていない、と個人的には感じました。指導経験の少ない学生講師ならまだしも、ベテランで責任ある立場の先生のようなので、ますます庇うことはできないです。
一方、ハヤトもハヤトで、今まで週二回もこの先生の個別指導を受けてきたわけで、必要ないなら必要ないで、さっさと親に言えばよかったんです。「自分の受験勉強なのに、何でお前はずっと黙ってるんだ。主体性の無いまま最難関校を受験したら、そりゃ厳しい結果にもなるよね」というのが、かわいそうだけど、私の素直な感想。
ただ、元をただせば、自発性の無い子を作りあげてしまった責任は、周囲の大人にあるのも確かです。
合格確実といわれた灘、開成、筑駒に全て落ちた
ここ数年は上位層が過剰競争となっているので、成績だけ見たら合格するはずの子でも、入試当日のちょっとしたミスで「まさかの不合格」が起こります。そして、そのミスは心の揺れによって誘発されるのです。
ハヤトの場合も、入試直前期の父親の幼稚で身勝手極まりない振る舞いが、間違いなく、本人の動揺につながったと考えます。
しかし、母親である悟妃が「どんな結果が出ても受け止めるよ」と、どーんと構えてあげられれば結果は違ったのかもしれません。入試直前期、ママ友とか他人のことばかり気にしていましたよね。
また、最難関校に向けた指導の観点からみると、テキストをこなしまくり、同じものを周回する勉強を続けているのも気になります。こういう勉強を繰り返すと、子どもの中に「問題を解く=クイズのように、知識をアウトプットすることだ。自分の知っているパターンに当てはめることだ」という根強い意識がついてしまいます。
ですが、実際の入試の場では、完全初見の難問に挑むことになります。
じっくり設問を読んで解答の方向性を考えたり、図を描くなどして粘ってみたり、ということができなくなり、高度な思考力を要する灘・開成・筑駒に挑戦するには「詰み」の状態ができあがってしまうのです。
最後に。入試期間中、ハヤトと悟妃ともに「(入試結果を)塾に電話したくない・・・」と何度も思っていますが、受験指導をしている立場としては、読んでいてとてもつらい気持ちになりました。
私がハヤトの塾の先生の立場だったとして、ここ一番で頼ってもらえないどころか、負担にすら思われていることは悲しいですし、また、頼るところがないハヤトと悟妃の心中を考えると、本当に心苦しくなります。ハヤトが精一杯やった入試結果を失敗だとは全く思いませんが、塾講師としての自分の仕事は大失敗した、と感じ、悔やみきれないことでしょう。
次は、「エピソード3:コズエ」について書きます。
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