清水義範『国語入試問題必勝法』から考える、小学生に読解テクニックを教える危険性

「国語」の指導・学習法

『国語入試問題必勝法 新装版』 (講談社文庫) 清水義範

最近、上記の本を読みました。

感想サイトを見ていると、「爆笑!」「抱腹絶倒!!」みたいに書かれているんですが、中学受験の家庭教師として、小学生を指導している立場から読むと、「怖~~・・・」と感じました。

ちなみに、この本は参考書ではありません。作者の名前を見てピンと来る方もいると思うのですが、れっきとした短編小説です。(ちなみに、吉川英治文学新人賞受賞)

「国語指導」や「受験国語」を皮肉った名作であるが・・・

簡単にあらすじを紹介しましょう。結末は伏せておきますが、以下、物語の終盤までのネタバレがあります。(知りたくない方はブラウザバック推奨)

数学は得意だが、国語が苦手な大学受験生 浅香一郎のもとに、家庭教師 月坂が指導にやってくる。一郎は、月坂が指導する数々のテクニックに衝撃を受ける。なぜなら、今まで全く教わってこなかった斬新な解法であり、しかも、それらのワザを使えば、問題を瞬時に正確に解くことができるからだ。

国語で良い点数が取れるようになり、目標の大学に合格した一郎。恩を受けた月坂に、報告と礼を兼ねた手紙を出すのだが、その内容とは・・・・。

国語入試問題必勝法(講談社文庫) 清水義範

家庭教師 月坂の指導方法は、「本文を読まなくても問題は解ける」「選択肢は、大・小・展・外の四つの種類に分類してさばく」「選択肢は、長短除外の法則・正論除外の法則を使って消去法で解く」・・・といった内容。

読解力がある人であれば、この物語を読みながら、「いや、文章読めてないのに、どうやって問題解くんだよw」となり、月坂の発言の底の浅さに気づくでしょう。しかも、コントのようにどんどん指導内容が暴走していくので、「ああ、国語指導や受験国語というものを、アイロニーをまじえて笑い話にしてるのね」とわかります。上記のあらすじの結末部における、手紙の内容がどんなものであったのかも、だいたいの予想がつくと思います。

しかし、この本の内容を『中学受験 文章読解 あの有名塾の奥義!!』みたいにパッケージ化して、SNSで上手くマーケティングすれば、まあまあ売れてしまうような気もしています(怖)。

この本の初版は1987年に出版されました。当時の読書家たちは、「いやいや、こんなんないわwww」とゲラゲラ笑って読んでいたんだと思うのですが、自分は中学受験指導の仕事を通して、実際に「本文は読まずに、傍線部の前後だけ見て問題を解こう」と子どもに教えている方に何名か遭遇してきました。作者の清水さんはシニカルなコメディのつもりで書いただろうに、今や、「ほんとうにあった怖い話」になってしまっています。

あと、「本文を読むな」まで極端な教え方じゃなくても、昨今、現実においてよく見かけるのは、小学生に対して「テクニック!」「ワザ!」「解法!」を強調する指導法。

本篇に話を戻してたとえるなら、月坂の選択肢のさばき方である「大・小・展・外」がそれにあたります。このテクニックなんかは、私から見ても完全には間違ってはいないな、とは思うんです。けれども、「文意を地道に追う」という大前提を捨てて、「大・小・展・外」だけ教えている時点でアカンのですよ。

そもそも、語彙も知らない。行間を読むための常識も知らない。難しい文章でも考えながら読んでいく、という経験が圧倒的に不足している小学生が、読解テクニックばかり身に着けてどうなるんでしょうか?(詳しくは以下の記事に書きました)

読解テクニックを重視しすぎることで生じるリスク

こう書くと、「でも、読解テクニックは大事だし、教えること自体はいいでしょ」と考える方もいると思います。自分も方法論を指導することを否定するつもりはありません。(というか、自分も教えていますし)

ですが、小さな子どもにとって一番大切であり、ご家庭にとって最も面倒で頭を使う「読書経験を積むこと」「語彙力の拡充」の重要性はスルーし、教えやすそうで、カッコイイことを全面に押し出すのは問題だと思うのです。

なんとなく、教えやす「そう」なだけで、実際に子どもに定着させるのは至難の業なのですよ。それどころか、テクニック重視の指導が行き過ぎてしまうと、物語における一郎と同じ結末が待っています。

文章を読んできた経験が少ない小学生に対して、キーワードに線を引くといった「形式的な作業」を守らせるようにさせすぎると、「部分読み」(本文中の単語だけを拾うような読み方)が始まることもあります。これ、簡単には直らないです。

まあフィクションなので、一郎の場合、志望大学に合格するところまではいきましたが、高度な読解力・思考力を要求する令和の中学受験ではそう簡単にはいかず、国語以外の他の科目でも、文章を全然読まなく(読めなく)なって、気づいた時にはすでに遅し、となります。

一郎は大学受験生です。高校3年生なのか、浪人生なのか、文中に明記はされていませんが、いずれにせよ良い大人なので、妙な方法論にハマったのは完全に自業自得です。

しかし、小学生の場合、本人は何ひとつ悪くありません。周囲の大人が選択して方法論を与えているわけで、その大人にすべての責任があるわけです。現在、大人が与えている学習が、将来的にどう繋がっていきそうなのか? もっと、そこに想像力を持っていただきたいな、とは強く思っています。

・・・と、ここまで息巻いてきましたが、たとえば、自分もこの記事では、「場合によっては、傍線部前後だけ読んで、問題を解いてもいいんじゃないか?」と書いております。劇薬レベルの細かい注意書き付きではありますがw

中学受験はクラス分けがありますし、それでお子様のモチベーションが下がったらかわいそうですし、少しでも点が取れたほうがいいですからね。こんなふうに書いている時点で、自分も月坂とある意味では同類なのだと思います。いやはや、『国語入試問題必勝法』は、受験国語指導を皮肉った傑作文学ですね。

(※ 2023/12/15 追記:この小説ですが、どうも、代々木ゼミナールの講師が書いた参考書(現在は絶版)をモチーフとしているようです。その講師の苗字が「月坂」に似ていることと、参考書の初版が小説が発表されたのと同年の1987年なので、ビンゴだと思います)

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