私が塾業界に入り、中学受験生を教えはじめてから、約10年が経過しました。指導しはじめの頃と、ここ数年の子どもたちを比較したときに変化を感じることがあります。
それは、日常生活の中で「これは経験しているだろう」ということを経験していなかったり、生活していく中で「これは知っているだろう」という「常識」を知らなかったりする子が増えた、ということです。今回はそのことについて論じてみたいと思います。
最近の子どもの「経験値・常識力」の欠如とは?
幼少期の「なぜだろう?」や「なるほど!」が思考力に繋がる
おそらく、親世代のみなさんの多くは、小学校低学年までは(中学受験していない場合、小学校を卒業するまでは)、外遊びに励んでいたのではないでしょうか。砂あそび、虫取り、植物を使っての遊び(花摘みしたり、笹船など植物を使ったモノづくりをしたり)などなど。
外遊びがそこまで好きではない方は、読書がメインだったという方もいらっしゃるでしょう。また、今と違って、色々なことが自動化されていない時代でしたから、おうちのお手伝いをするのも当然のことだったと思います。食事中のご家族の会話を通して、「サンマは秋の魚だ」など、季節と自然の関わりを知る、といったこともあったはずです。
ご自覚はないかもしれませんが、実は上記のような幼少期の体験は、人の思考力をはぐくみます。日常の中での「なぜだろう?」や「なるほど!」が、机上の学習に繋がるのです。
すだち・かぼすを見たことがない子どもたち
具体例を挙げて、説明しましょう。地理についてです。以下は、2021年の「農作物の生産量1位」のデータです。
・すだち 1位:徳島県
・かぼす 1位:大分県
・みかん 1位:和歌山県
・ ゆず 1位:高知県
みなさんは、これらをお子さんに覚えさせなくてはいけないとしたら、どのように覚えさせていきますか? 私であれば、「基本的には」丸暗記ではなく、[農作物と県の共通点をそれぞれ考えさせる]ようにします。
そうすると、【すだち・かぼす・みかん・ゆず=柑橘類】、【徳島県・大分県・和歌山県・高知県=温暖な気候】ということがわかります。そして、こうなる背景には、柑橘類は温暖(&乾燥)な場所で育てやすいから、という理由があるので、それも説明します。
多くの大人は、この考え方に納得するとは思いますが、最近の子どもの数割は、上記の解説に対して「?」です。
【徳島県・大分県・和歌山県・高知県=温暖な気候】というのは、塾のカリキュラム学習を真面目にこなしていれば理解できることです。が、【すだち・かぼす・みかん・ゆず】が同じ種類のすっぱい果実だとは知らない子も多いのです。なぜなら、塾で学習することではなく、日常生活で知ることだから。流石にみかんはわかりますが、すだちやかぼすは、どんな見た目や味なのか知らない子が多い。場合によっては、ゆずも怪しいですね。
よく「社会は暗記じゃない」「すべてを覚えようとしてはいけない」といわれますが、私もその通りだと思う一方、誤解を生みやすい言説だな、とも感じています。万人に通用する話ではないからです。幼少期の体験や、それに伴う常識的感覚が少ない場合は、結局のところ、細かい暗記をせざるを得なくなります。人は知識なくして思考できません。
(※ 以前、自分も「社会は暗記じゃない」という記事は書きましたが、筑駒・麻布・武蔵に関する話題だったので、そのフェーズにおいては誤解は生まれづらいかと)
高学年に入ってから、問題が表面化する
幼少期の体験が少なく、常識が不足している子が、小学校高学年になると、中学受験の学習でもなかなか成績が伸びないという現象が起こります。
語彙(=物事を広く知っているか否か)が少ないので、まず国語の成績が低下します。次に、理科も下がりやすいです。社会は、繰り返しテキストをやれば何とかなりがちですが、「なかなか、知識が定着しない」という場合、根っこに常識の薄さがあることも。また、小6に入ってからの範囲がない模試や、入試の過去問で点数が取れなくなることもあります。算数も社会と同様です。
「今に始まったことではなく、昔から常識が薄い子どもはいたのではないか?」と考える読者様もいるでしょう。確かにそれはその通りです。自分は公立中学に通っていたのですが、給食中に「煮干し」の話になった際、「『煮干し』という種類の魚がいる」と認識している同級生が複数名いて、子どもながらにオイオイ・・・と思いました。
ただ、こういってはなんですが、昔はそういった常識の欠如と、学業における成績は、概ね一致していたのです。しかし、ここ最近は、親御様がみっちりと机上の勉強を手伝うようになった分、一見、「偏差値だけは悪くはない」子が多い。問題がすぐには表面化してこない分、逆に深刻だと感じています。
子どもの「経験値・常識力」が減った原因とは?
コロナウィルスによる自粛
子どもの「経験値・常識力」が減ってしまった原因はいくつか考えられます。まず、コロナウィルスの影響です。2020年に蔓延し始めて、外出する時間が減り、家にいなければいけないという期間が続きました。初期段階では未知のウィルスでしたから、用心するに越したことはなく、自粛自体は致し方ないことでした。
しかし、そのせいもあってか、外遊びなど、小さいときに体験すべきことを体験できていないお子様が、特にここ数年は目立つように感じています。2020年といえば、今の小学6年生が小学3年生のときなわけですから、そのタイミングでの影響は非常に大きいです。
タブレット端末の普及
タブレットが普及して、手軽に遊べるようになったため、なかなか外遊びに目が向かない、という原因もあります。本来であれば、タブレットは遊びと学びの幅を広げる、素晴らしいツールのはずです。たとえば、外に出かけた際、図鑑に載っていない虫とか、不思議な形の雲を見たときに、「これはなんだろう?」と疑問に感じてタブレットで調べる。インターネットは、本で調べものをするよりも、圧倒的に答えが出るのが早く、細かい疑問に答えてくれます。ですが、このように使いこなせている子どもはほとんど見ません。
ネットが身近にある分、何か「?」が浮かんでも「別にいつでも調べられるし」と思ってしまって、疑問が疑問のまま立ち消えて、広がっていかないようにも感じています。私が小学生の頃も既にネット環境はあったのですが、今よりも全く内容が充実していませんでした。だから、良い意味で「あれを知りたい! これを知りたい!」という知識・情報の飢餓状態にありました。図書館にいって、同じ本を何度も何度も読んだものです。まあ、自分とて令和の小学生だったら、そんな風にはなっていないでしょう。だから、子どもが悪いのではなく、子どもにタブレットを上手く使わせてあげられない、自分を含めた大人に責任があると感じています。
動画の方が頭を使わずに楽しめて、しかも自分の好きな内容だけをインスタントに吸収できるので、以前よりも子どもが活字を読まなくなっている現象も見られますね。「読書」の定義が変わってきたのも感じていて、新しく知り合った保護者さまに、お子さんの読書経験を聞くと、「『鬼滅の刃』くらいは読んでいるんですが・・・」など、マンガを「読書」に含めて捉えていることがあります。それほどまでに活字がすごく特別なものになってしまっているわけです。実際、マンガすら読んでいない、という子も、10年前と比べて本当に増えました。
中学受験の早期化
ただ、「コロナで自粛が必要だった」「タブレットが身近にある」という状況・環境自体は、今の小学生全員がほぼ等しく経験しています。それにもかかわらず、実際は、色々な体験をしていて、常識的な感覚を身に着けているお子様と、そうではないお子様に分かれているのも事実です。
では、他の原因とは何か? というと考えられるのは、中学受験における塾通いが早期化しつつあるという流れです。(※ ここでいう「早期」とは、幼稚園や小1~2のことを指します。また「塾」とは、公文式などではなく、カリキュラムに則って中学受験の学習をしていく塾を指します)繰り返すように、幼少期は日常の中の体験で「なぜだろう?」「なるほど!」を感じるタームです。その期間において、机上の勉強に時間を割けば、必然的に「経験値・常識力」は減りますし、また、「とにかくテストで得点しなければ」という意識が強くなってしまって、親子双方の認識が、「学習とは反復(パターン演習)の繰り返しである」、となってしまいがちなのです。
幼少期にいっぱい遊んだ経験のある子が、小3~4になって塾に入り、カリキュラム学習を始めた場合、ちょっとしたことに疑問を持って、「なぜだろう?」という思考をする一方で、反復(パターン演習)主流の子はその思考はしづらくなってしまいます。
個人的には、早期(幼稚園~小1・2)に中学受験塾に通うことを、「絶対にやめたほうがいい」とは思いません。ですが、それは毒にも薬にもなって、どちらかといえば、毒になりやすいと感じています。薬になるのは、親御様のリテラシーが非常に高い場合か、お子さんが天才児か、のどちらかです。
保護者様のマインドセットが最も大事
幼少期の遊びは、頭の中に機械でいう「あそび」(機械の作動をスムーズにさせるために、わざと機械の間に設けた隙間)を作る作業です。人は、「何かの勉強をやらせたら、必ず何かができるようになる」といったように効率性だけでは育ちません。
結局のところ、親御様が子どもの経験値を増やしてあげることを、重要だと感じられるかどうかが全てで、この点に関してだけいえば、俗に言う「親が9割」だと考えています。厳しくてすみません。
今まで私が接した保護者様の中には、「うちの子が、他のお友達と話しているのを見ても、明らかに表現や言葉が拙いんですよね」、「先生が『ぬかに釘』のことわざを教えている様子を見て、うちの子が『ぬか』を知らないのに驚いて、あわてて買いに走りました」といったことを、話してくださった方々がいらっしゃいました。このように、子どもの発達段階を見つめて、体験の重要性を理解されている方のお子様は必ず伸びましたね。
小6生の場合、入試までの時間が少ないですが、それでもできることはあります。塾や学校では習わないようなことを親御様が色々と語ってあげる。そして、本人にもしゃべらせる。ぜひ、そんな時間を作ってあげてください。
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