こんにちは。中学受験の家庭教師 鳥山と申します。
中学受験生やその親御様に向けて、読書におすすめの本を紹介する企画。
第10回は、『蠅の王』ウィリアム・ゴールディング(著) です。
『蠅の王』概要
どんな小学生におすすめか?
・ サバイバルものが好きな子
・ 人間のネガティブ面に意識が向く子
・ 大人向けの本を読みたい読書家の子
・ 中学受験の物語文って、ワンパターンだな・・・、と感じている子
本文の難しさ
ハヤカワepi文庫。368ページ。
描かれている事実(出来事)は平易だが、抒情的な心情表現や情景描写も多く、小学生にとって難易度は高め。読書に慣れている子向け。
本の概要(あらすじ)
遠い未来。世界では三回目の大戦が行われていた。
ある無人島に飛行機が墜落する。生き延びたのは、疎開地に向かっていたイギリス人の少年だった。カリスマ性と発言力のあるラーフ、いじられキャラだが理性的なピギー、合唱隊を率いる獣性的なジャック。そして、他にも多くの子どもたち。
少年たちはラーフをリーダーとし、協力しあって、救助を待つことを誓う。しかし、ジャックが救助用の烽火を消したまま、狩りに出かけたときから、少年らの関係に不穏な空気が漂い始める。
『蠅の王』感想
作者のウィリアム・ゴールディングは、ノーベル文学賞・受賞作家です。
「文学」は、意味がわからず眠くなる作品が多い、と感じる人もいるかもしれません。
しかし『蠅の王』は、「目が離せないストーリー」を展開しつつも、「普遍的なテーマ性」を背景に忍ばせることに成功しており、仮に後者が理解できなくても十分楽しめます。
『十五少年漂流記』から幻想性を排除し、リアリスティックな人間像を描ききったのがこの作品です。
「わが子にこの本を読ませるべきか?」迷っている親御様に向けて、注目すべきポイントと作品の深さを解説します。
以下に感想を書きますが、大きなネタバレがあるのでご注意ください。
ただの冒険では終わらない。少年たちの堕落が示すもの
キラキラの無人島を前にして、不安よりも、子どもだけで好きに生活できることを喜ぶラーフたち。
序盤は海遊びしたり、山を探検したりとサバイバル生活の楽しさが描かれます。
物語が大きく動くのは、約100ページ目。
無人島のそばを船が通りかかるのですが、「烽火」が消えていたため、救助のチャンスを逃します。そこで、ラーフと、狩りに出かけて烽火を放置したジャックの間に緊張感が走ります。
『ハリーポッターと賢者の石』で、ホグワーツの入学案内が届くのが100ページ目くらいなので、エンタメ小説並みに展開が早いことが伺えますね。
その後もテンポよく、サバイバル生活の中で崩れていく人間関係の様子が描かれていきます。
・「獣」の恐怖
この島にいる、正体不明の「獣」におびえる子どもたちが出始めます。年長者のラーフや、野性味のあるジャックですら「獣」の存在を気にかけ、畏怖します。
・ラーフとジャックの決裂
救助のために「烽火」を管理すべきだと主張するラーフとピギー。一方、「狩り」の必要性を説くジャックとの関係性に、決定的なヒビが入ります。
・殺人
恐ろしい集団心理の中、殺人が起こってしまいます。
さらに間をあけて、再度の殺人が起こります。前に殺されたキャラよりも、読者として印象深いキャラが死亡するため、衝撃が走ります。
またこの島では、「『ほら貝』を持った者だけが発言できる(他の人は意見を傾聴する)」という民主主義的なルールがあったのですが、キャラの死亡と共に、ほら貝も打ち砕かれてしまいます。
序盤の楽しい南国生活。「救助」と「狩り」という究極の選択。徐々に漂う不穏な空気。
非常に後味の悪い作品ですが、テンポよく事件・出来事が起こり、飽きることはありません。
終始、ピリピリとした緊張感の中で読書体験を楽しめ(?)ます。
・・・と、ここまで「物語」としての面白さを書きました。
しかし、さすがノーベル文学賞作家。ストーリーラインは、無人島での極限生活という舞台装置を借りた「メタファー」に過ぎません。
無人島は、「私たちの社会」を映す鏡だった
以下に、この作品の私の解釈を書きます。
- ラーフ:理性的なリーダー
- ピギー:さらに理性的なブレーン
- ジャック:感情的な先導者(今でいうインフルエンサー)
- その他の子どもたち:場の状況に流されるだけの大衆
これは、「ひとつの国」の構成員を表していると考えます。
国の状況が良いときは、理性的な人間がゆるやかに支配するのですが、不安定になると、ジャックのような人物の発言権が一気に強まります。
ラーフたちの「救助のために、烽火をあげ続けるべきだ」という主張と、ジャックの「でも、豚肉はおいしい。狩りは楽しい」という主張。
安全な場所にいる私たちからすれば、「ラーフが正しい」と思うでしょう。
しかし、極限状態にいる少年たちからすれば、烽火を焚き続けたところで、そもそも船が来るかはわからない。来たところで、煙に気が付くかはわからない。
「先が見えない不安な状況」の中で、実を結ぶかわからない努力に、時間を費やすのは、耐えがたい労苦なのです。
そうなると、「肉」という目先の快楽にとびついたり、「豚」を攻撃することで、本質的な問題から目を背けるようになる。
そして、攻撃相手が豚であるときはまだ良いのですが、対象がそのうち「特定の人間」にうつっていく。ここに恐ろしさがあります。
多くの少年たち(大衆)は、ラーフを支持して、ほら貝を使った民主的な話し合いに参加したかと思えば、状況に流されて、ジャックの仲間に入って殺人に加担する。
ラーフやピギーがどれだけ理性で説いても、大衆には理解できない。
そしておそろしいことに、「最初の殺人」では、ラーフやピギーもその場の熱に浮かされて、黙認(加担?)してしまいます。
これは、「戦争」という状態が起こる流れを暗示しているように思います。
不景気や天災で、国の状況が悪くなる。労苦を伴う理性的な判断をするよりも、目をそらして、先導者の強い言葉に惹かれるようになる。
その構造に、多くの大衆は気づけない。先導者が恐ろしいことを言い始めても、そのことにすら・・・。
「現代の社会」を象徴しているようにも思いますね。
哲学、理性、本能。各キャラクターが背負う役割とは?
真に理性的だった「哲学者」サイモン
さて、最初に殺されたのは、「サイモン」というキャラクターです。
この人物は、ピギーから「あいつは気が狂ってる」と言われるような、不思議な行動をするキャラです。
しかし、私から見ると、この作品の中で最も「理性的」であるのがサイモンです。
ラーフやピギーが「社会に迎合した理性」である一方、サイモンは浮世離れして真実を見抜く「哲学者」ポジション。
ラーフやピギーですら「実態のない獣」に怯えるのに対して、サイモンは「獣なんていない」というスタンスです。
他の少年たちが怖がる夜の森にも、平気で入っていくサイモン。あるとき、森の中で「蠅の王」と出会います。
作中では「蠅の王の正体は何か?」について解説は一切ないので、以下は、私の考察になります。
「蠅の王」は旧約聖書に出てくる悪魔です。もともと「バアル・ゼブル(至高の王)」という命を養う糧をもたらす神でした。
しかし、バアル信仰を嫌ったヘブライ人から「バアル・ゼブル(蠅の王)」と呼びかえられ、そこから悪魔「蠅の王(ベルゼブブ)」に転じてしまったのです。
「命をもたらす」理性的な存在が、誰かの「強い言葉」で闇に落ちてしまう。
救助のための「烽火」が消され、「ジャックの言葉」で狩りや殺人をするようになった状況を表したといえるでしょう。
哲学的なサイモンは、森で一人、思索を重ねるうちにそのことに気づいてしまいました。それが「蠅の王」という象徴的な存在を通して描かれています。
「蠅の王」は、「おまえは他の子のところへ帰ったほうがいい」と警告しましたが、サイモンはその警告を聞き入れませんでした。
そして、皆が恐れていた「獣」の正体が、不時着した兵士の遺体にすぎなかった、という事実を確認します。
そのことを伝えるために、サイモンはみんなのもとに急ぎますが、集団心理でトランス状態に陥った少年たちは、サイモンを「獣」と認識して、訴えを聞かずに殺してしまいます。
究極的に理性的で、真理を見つめているがゆえ、ラーフやピギーのように「社会」にも適合できない。みんなからは「イカれたやつ」扱いのサイモン。
個人的にはサイモンが一番好きです。
ラーフ、ピギー、ジャック。子どもの心に刺さるキャラ
しかし、中学受験生に人気がでそうなのは、ナード(非リア充)だけど、社会的な慧眼のあるピギーや、イケメンっぽくて、カリスマ性のあるラーフでしょう。
特にラーフは、成長のあるキャラなので、感情移入しやすいと思います。
最初はジャックと共にピギーをいじるなど、場の空気でリーダーになった「陽キャ」らしい行動をとりますが、途中で「自分にはピギーのように、冷静な判断はできない」と気づきます。
ここで凡百の作家であれば、ラーフの変化をモノローグで説明し、読者に明示すると思いますが、ゴールディングは一切やりません。
代わりに「ピギーとよく行動を共にする」「ピギーの発言を受け止めるようになる」という描写を積み上げるだけで、ラーフの内面の変化と成長を表現しています。
ジャックも軍人であれば超有能でしょう。何度も失敗しながらも、狩りの感覚・戦略を積み上げる様子は「かっこいい」ので、少年たちがあの状況で支持するのも、よくわかる。
みなさんのお子様は、この本を読んでどのキャラに惹かれるでしょうか?
極限状態での人間関係というストーリーの面白さ、文学としての深いテーマ、キャラクターの妙。多種多様な楽しみ方ができるのが、この本の唯一無二の魅力です。
このページ下部に、他の「中学受験生におすすめの本」記事へのリンクを貼っています。ぜひ、あわせてご覧ください。
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