【読書】中学受験生におすすめの本(5)『杯(カップ)-緑の海へ-』沢木耕太郎

小学生におすすめの本(読書について)

中学受験生やその親御様に向けて、読書におすすめの本を紹介する企画、第5弾は、『杯(カップ)-緑の海へ-』沢木耕太郎(著)です。

『杯(カップ)-緑の海へ-』概要

どんな小学生におすすめか?
・ サッカーが好きな子
・ 「FIFAワールドカップカタール2022」にハマった子
・ 韓国が好きな子
・ 海外に興味がある子
・ いつも物語ばかり読んでいるが、たまには別ジャンルも読みたい子
(この本は、エッセイ(随筆文)にあたります)

本文の難しさ
新潮文庫。428ページ。
難しい語彙や表現は少ないものの、ボリューム感はあるので、それなりに読書経験がある子向き。
また、サッカーの専門用語や、昔の監督・選手の名がたくさん登場するので、あらかじめWikipediaなどで、軽く「2002年 日韓ワールドカップ」について触れておくと、この本を読み進めやすい。

本の概要(あらすじ)
2002年、サッカーFIFAワールドカップが日本と韓国で共同開催された。ノンフィクション作家である沢木耕太郎は、韓国の都市・新村にアパートを借り、取材を始める。

沢木は、自身をさながら「日本と韓国の間を漂流する小さな船」と位置づけ、21試合にわたって試合を観戦。日韓を足早に移動しながら、街やスタジアム、選手、サポーターの間に流れている気配を感じ取っていく。

大会は進む。悲願の予選リーグ突破を果たした後、雨の宮城スタジアムで敗れた日本代表。自国チームの冒険の終わりを見届けた沢木は、「杯」を目指し、しのぎを削る強豪国の試合に足を運び、「最高のもの」を求めて、新たな旅を楽しむのだった。

『杯(カップ)-緑の海へ-』感想

『深夜特急』『テロルの決算』などで有名な作家、沢木耕太郎氏の本です。

『深夜特急』は、今から50年前、まだ「バックパッカー」というものが一般的ではない時代に、沢木氏が、路線バスを乗り継いで、インドのデリー~イギリスのロンドンまで旅をする様子を描いた作品。卓越した文章力で、その土地の熱気や魅力を肌で感じさせる名作です。

本当は『深夜特急』が自分の最推しなのですが、文庫本で6冊にもわたるボリュームであるため、小学生には、入門編として『杯(カップ)-緑の海へ-』を読んでみることをおすすめします。

『杯(カップ)-緑の海へ-』には、筆者が観戦した日韓ワールドカップの試合内容が書かれつつ、両国を移動する中で見た風景や、そこで出会った人たちとの交流が描かれています。サッカールポでありつつも、紀行文の色合いが強い作品です。

この本を読んでいると、まるで自分も旅をしているような気分になってくるんですね。

韓国のスタジアムにいるサポーターの怖いくらいの熱量には、読んでいるだけで圧倒されます。その試合帰り、見知らぬ若者が沢木氏を車に乗せてくれたことからは、韓国人の優しさやホスピタリティを感じ、心にしみました。そして、なんと言っても取材を終えた深夜、沢木氏らが美味しそうに韓国料理に舌鼓を打つシーンが見もの。ガヤガヤとしたお店の雰囲気や、香辛料のにおいが伝わってくるかのようです。

約20年前の本ではありますが、現在にも通じる「韓国」という国の良き特徴が表現されていると思います。小学生、特に女子の中には、韓国好きな子も多いですから、きっと興味深く読めることでしょう。

その一方で、日本代表が決勝トーナメント一回戦で敗北した際には、韓国人たちが大喜びする様子も描写されています。

作中で韓国の大学院生が「日本にはこれまでにひどいことをされて、裏切られてきたんだ」と述べているように、歴史的背景から、韓国人は日本人に対して、憎悪をはじめとした微妙な思いを持っているのは事実です。

我々大人はそれを何処かで学んできてはいますが、小学生のような若い世代は知らないことも多いと思うので、ある種の意外性を感じながら読むことになるはず。

また、沢木氏は、自分が見てきた光景の空気感を表現することに長けているので、旅のシーンだけでなく、試合のシーンも、サッカーに興味がある子であれば、楽しく読めると思います。

「選手たちはきっとこう思っていたのだろう」と沢木氏がイマジネーションを働かせて、ストーリーを作り上げているため、淡々とした客観的な記述の本よりも、小学生としては読みやすいとは思います。が、この書き方には賛否両論があるのです。

似たような書き方をする作家に、司馬遼太郎氏がいます。司馬氏は、エンターテインメント性の追求を目的として、部分的に史実を空想してきました。たとえば、新選組の剣豪に、薄命の美少年というキャラ設定をつける(肖像画を見る限りでは、お世辞にもイケメンとはいえないのにw)など。

沢木氏も司馬氏と同様のことをしているわけですが、歴史上の人物にストーリー性を付与するのと、現役で活躍するスポーツ選手に同じことをするのは、また別の話です。

たとえば、この本で書かれている、当時の日本代表監督フィリップ・トルシエに対する選手たちの思い(=沢木氏の作ったストーリー)も、他の媒体の取材記事などを見ていると「本当にそうかな?」と疑問に感じてしまう点はあります。

(日韓4年後のドイツワールドカップのときには、テレビ番組で、ある選手にはっきり否定されていた記憶も・・・)

おっと、小学生に本を推奨する記事から筋道が外れてしまいました(笑)。とにかく、紀行文としては素晴らしい本だと思います。

スポーツルポの部分には、沢木氏の主観が大きく入りますが、子どもが読む際にはむしろ読みやすいと思うので、「大人向けの本の入門編」として、強くおすすめできます。

ちなみに、沢木氏が「小学生でも最後まで読み通せる小説にしたかった」として書いた本が、『あなたがいる場所』です。

9つの短編から構成されており、中学入試の問題の素材文としても使われています。一言で言うと、「重松清」っぽい印象があり、沢木氏らしさはあまり感じられないのですが、『杯(カップ)-緑の海へ-』が読めなさそうな子は、こちらを読んでみても良いと思います。


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