本の感想『「考える力」を育てるためにSAPIXが大切にしていること』

中学受験関連の書籍レビュー

『「考える力」を育てるためにSAPIXが大切にしていること』 高宮敏郎

最近、出版されたSAPIX YOZEMI GROUP共同代表の高宮敏郎氏の著書です。サブタイトルは、「最難関校合格者数全国No.1進学塾の教育理念」

タイトル&サブタイトルを見て、「サピックスにおいて、御三家といった思考力問題に対応させるために重視しているメソッドや、どういう意図でどんな教材を用意しているかが書かれているのだろうな~」、「思考力重視といいつつも、結局は詰め込みから脱出しきれない受験業界への自己批判もあるかな。いや、それは期待しすぎか」などとワクワクしていたのですが・・・、中身は全然違うものでした。

サピックス・中学受験とは関係ない話がほとんどです。あまりにもタイトルと中身に乖離があり、びっくりしてしまいました。(しかも、『SAPIXだから知っている 頭のいい子が家でやっていること』という別の本と、タイトルと表紙デザインが類似しており、余計に似たような内容を想像させて紛らわしい(汗))

では、サピや中受の話がないなら、どのような話題が書かれているかというと、高宮氏の考える「教育のあるべき姿」、「これからの教育」、「『考える力』とは何か?」といった思想が並べられています。中学受験というフィールドからそれらを考えているわけではなく、小中高大を通しての一般論が語られている形です。非常に辛口な感想を述べさせていただきますと、この本からは「どんな読者を想定しており、読んだ人にどうなってほしいのか?」という著者の意図が見えてきませんでした。

元東大総長 濱田純一氏との対談

仮に、本の中身がサピックスや中学受験とは関係なくても、面白かったり、教育に関する新しい発見があったりすれば、個人的には満足できたと思うのですが、そういったことは少なかったです。この本には正しいことが書いてありますし、高宮氏や対談相手の先生方が語ることは、「確かにそれは理想的だね」と認められることばかりなのですが・・・。

元東大総長 濱田純一氏と高宮氏との対談において、濱田氏は「東大に推薦入試を導入したのは、多様性を確保するためだ」という話をしていました。ですが、東大の志願者は関東出身者が6割以上を占めているというデータもあり、「これで多様性が確保できているといえるのか?」とか、「そもそも、濱田氏の考える多様性とはなんぞや?」といった純粋な疑問が浮かびます。

しかし、対談相手である高宮氏はそこにつっこんではくれないのです。濱田氏、高宮氏の教育への見識は、私などとは比べ物にならないくらい高いわけですが、そういう「わかっている人同士」だけで話を進めてしまっており、一般的な読者が疑問に思う点や、知りたいことに関しては置いてきぼりという印象を受けました。

開成中学・高校元校長 柳沢幸雄先生との対談

この本の中で興味を持ったのは、開成中学・高校の元校長であり、現 北鎌倉女子学園学園長、東京大学名誉教授の柳沢幸雄先生の対談ページです。やはり「現場の声」というのは、全然違います。柳沢先生は、日常的に子どもと接しており、超高偏差値の学校と、そうではない学校と双方での指導を経験していらっしゃるので、非常に含蓄に富んだ話をされていました。

以下は、柳沢先生が北鎌倉女子学園で小論文指導をした際、生徒たちのほぼ全員が第一志望校に受かった、という経験から述べられている内容です。

柳沢「(前略) 要するに、大切なのは『いかに自信をつけさせるか』『自信を感じさせるか』ということです。偏差値が高いとされている学校では、入学試験の結果が非常に厳しいので、その試験に受かって『勝った』という実感があれば、誰かに後押しされなくても自己肯定感が育まれます。しかし、そうでない学校の生徒については、誰かがきちんと自己肯定感や成功体験を革新できるようにしてあげなければなりません。

それなのに、日本ではそういう教育が学校でもできていなければ、家庭でもできていない。親はたいてい、『あんたなんてどうせダメでしょ』『どうして、いつもそうなの?』と言うだけです。子どもは『親のほうがダメなんじゃないの?』と言いたくなるけど、それを口にするとケンカになるから言いません(笑)。」

高宮敏郎『「考える力」を育てるためにSAPIXが大切にしていること』 総合法令出版

これは、全ての中学受験の保護者様に見ていただきたい言葉だと思い、抜粋いたしました。他にも「『論文教室』のねらい」や「『苦手』よりも『得意』に目を向けるべき」といったお話も面白かったです。

「教育はサイエンス化しにくく、アートの要素が強い」

柳沢先生のお話ばかり誉める展開になってしまったのでw、高宮氏の著述においても、興味を持った点を上げておきます。

高宮氏は、「教育はサイエンス化しにくく、アートの要素が強い」と考えているそうです。サイエンスとは、再現性があり、因果関係がはっきりしているもののことを言います。しかし、教育の場合、「これをやったら、絶対に成績が上がる」というような画一的な方法論は存在しません。さらに、成績が上がったとしても、そこには色々な要素が複雑に絡むため、何が要因となったかがわかりにくい。また、ある教育を受けていて、今は何の効果が無いように見えても、10~20年後に成果が表れることもある、といった現実もあるため、教育はサイエンス化しづらい、というのが高宮氏の考えです。

常日頃、このことについては、私もよく考えています。たとえば、家庭教師の指導をしていて、生徒の成績が上がったとき、ご家庭から「先生の指導のおかげです」と言っていただけることがあります。そう言っていただけること自体はとてもうれしいのですが、私の指導は成績向上における因果関係のうちの一つでしかありません。状況によっては、生徒の成績が上がったことと、自分の指導との因果関係は薄いと考えられる場合もあります(「相関関係」はありますが)。これは別に謙遜ではなく、人間が成長する過程を真剣に見つめていればわかることです。

本書の数少ない中学受験要素として、4~5文ほど佐藤ママの話題が出てくるのですが(「子ども4人を東大理Ⅲに入れた母親」というような表現が取られていました)、「他の人が同じことを真似しても、自分の子どもが東大に受かるわけではない」と高宮氏は断言していました。この辺りにも、自分は共感しました。でもやっぱり、この本を通して、もっと高宮氏しか持っていないお考えが知りたかったし、新しい発見がしたかったですね。


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